国内開発の低遅延装置を使って 遠隔プロクタリング 手術 で生じる通信ディレイ課題の実証研究
遠隔プロクタリング 手術とは、施術指導する側と手術する側とが別々の場所で離れた環境の下、リアルタイムに手術を行う事で、この医療技術は Society5.0 の最先端医療として急速に広まっています。しかしこれには遠隔指導における通信のディレイ(画像・音声などの発信側と受信側のタイムラグ)の課題があります。
天馬諮問株式会社と竹政伊知朗教授が共同で開発を進める低遅延装置は、この通信ディレイの課題に取り組むもので、今回、竹政伊知朗教授の札幌医科大学医局 (北海道札幌市) から 2,000km 離れた九州大学病院 (福岡県福岡市) で、九州大学准教授 沖英次氏と執刀医・助教 安藤幸滋氏と共同で実証研究が行われました。写真下:札幌医科大学医局にいる竹政伊知朗教授からリアルタイム指導を受ける九州大学病院手術室。
また、この取り組みは国連が2015年に定めた SDGs (持続可能な開発目標)の「3. すべての人に健康と福祉を」、「4. 質の高い教育をみんなに」、「5. ジェンダー平等を実現しよう」、「9. 産業と技術革新の基盤をつくろう」に寄与するものと考えます。
プレスリリース内容
Society5.0における最新手術指導 – SDGs 達成に向けた医療現場の挑戦
世界を見据えて名医が挑む、札幌から2,000km離れた九州の手術室をつないだ遠隔手術指導の実証研究
2021年7月21日
天馬諮問株式会社
2021年3月19日(金)と7月6日(火)の両日において、遠隔によるオンライン手術指導法とシステムの研究・開発を行う札幌医科大学、竹政伊知朗教授(消化器・総合、乳腺・内分泌外科)は、当該システムの実用化検証を行う九州大学病院、沖英次診療准教授(消化器・総合外科、消化管外科)と共同で、映像圧縮伝送技術開発を行う天馬諮問株式会社(東京都港区、代表取締役:篠原雅彦)のリアルタイム遠隔手術指導支援システムTELEPRO(テレプロ)を使用し、札幌・福岡間でリアルタイム遠隔手術支援「遠隔プロクタリング」の実証研究を行った。
さまざまな形で行われている遠隔外科診療の実証研究の中で、国内で開発された低遅延装置を使ったリアルタイム「遠隔プロクタリング」技術を使った手術は日本初。
※超低遅延・・0.1秒以下の遅延と定義しています
手術指導を受ける側
九州大学
執刀医:消化器外科 安藤幸滋助教
カメラ入力(3入力)
内視鏡カメラユニット:STORZ IMAGE1S HD、手術室内外部カメラ:Sonyのハンディカム4KとHD(音声含む)
指導する側
札幌医科大学
指導医:竹政伊知朗教授
カメラ入力1(音声含む)とアノテーション描画
実験内容
超低遅延での遠隔手術指導(遠隔プロクタリング)
札幌医科大学竹政伊知朗教授は2020年10月15日に行った札幌医科大学と東京にある天馬諮問株式会社の事務所を一般インターネット回線でつなぎ双方向映像・音声通信および画面描画を行うアノテーション実験(アノテーション描画のディレイ0.0135秒)を成功させていた※。今回の検証では実際の手術現場での2回の遠隔プロクタリング実施となる。
遠隔でアノテーション描画を送信しリアルタイム指導を行う竹政伊知朗教授
具体的には、九州大学病院の手術室から内視鏡カメラ1台、術者や助手の手の動きなどを俯瞰撮影する外部カメラ2台の計3台の映像と音声を入力、2000キロ離れた札幌医科大学医局から指導医が音声、映像、アノテーション描画を送り返すことでリアルタイムでの指導を行う。回線は専用回線ではなく伝送速度最大100Mbpsの一般インターネット回線を使用し、専用回線を敷設できない施設でも今後実用可能なようあえて増強しなかった。
1回目の実験と2回目の検証との比較(改善、機能増強を図った点)
遠隔地同士の遅延だけでなく、手術室内部モニター同士のディレイも解消
1回目の実験(3月19日)では、アノテーション描画を表示する遠隔プロクタリングのサブモニター画面と、術者がその映像を見ながら手術を行う内視鏡カメラからのパススルー映像間でわずかな遅延(0.1~0.2秒程度)が発生していた。これを解消するため、構成やハードの見直しおよびルーティングの工夫を行った。モニターそのものの性能や製造メーカー等によって微細な違いは見られるものの、2回目(7月6日)の実験では内視鏡メインモニターと遠隔プロクタリングサブモニターとの0.1~0.2秒の遅延をほぼ※解消した。
※実測値ではなく術者の感覚で操作に違和感がないという意味
札幌・福岡間の離れた2拠点のディレイだけでなく、手術室内内視鏡映像と遠隔指導画面のディレイもほとんど気にならない程度に 調整できた
このわずかなディレイを修正し、実際の手術でも違和感なく操作できるインターフェイスを実現することは簡単ではなかった。近年、特にコロナ禍以降、オンライン会議システムなど近年身近に使用されるデジタルツールが増えてきた。手術現場においてはこれら既存の会議システムでは遅延や画質の担保ができず、機能的にも十分ではない。それらの課題に対応するためにこのシステム開発は、実際に使用する指導医と執刀医が深く関わることで進められてきた。
今回行った2回の実験では手術は通信を介さない内視鏡モニターを見ながら行われ、遠隔通信で送信されるアノテーションを表示する遠隔プロクタリング画面はサブモニターとして使用した。遠隔からの指導でもまるで隣で指導を受けているかのような遅延のない反応、音声やサブカメラによる手術室の俯瞰映像なども共有でき、術場独特の臨場感や遠隔だからこそ得られるより丁寧な指導が行われた。今回の実証研究により実際の手術現場での実用化に一歩近づいたといえる。
今回の検証を終えて、医師のコメント
札幌医科大学教授 竹政伊知朗氏 (遠隔指導側)
開発のきっかけと意義、今後
Society5.0においてSDGsを構成する一つの要素として、医療におけるICTを具体化することが急務だと感じている。外科医不足、医療サービスの地理的偏向、女性外科医のキャリアサポートなど、遠隔による指導でサポート可能な社会課題は多いと感じる。北海道は広大で、北海道全土に存在する関連施設へ指導に赴くには、多くの時間と労力を要する。
また女性外科医のキャリアアップにも活用を考えている。SDGsの課題である地理的格差、ジェンダー格差を埋められるのが大きなメリットと考えている。
3年以上をかけて取り組んできた遅延を最小限にする技術においては、リアルタイム指導における許容できるディレイの感覚は0.25秒以内だ。0,25秒のディレイは通常の会話では気にならなくとも、手術指導の現場では致命的となる。私たちの研究成果でディレイ平均0.02秒を達成できたことの意義は極めて大きい。
アフターコロナでは学会の在り方が大きく変わることが予想される。この技術は北海道モデルとして国内のみならず国際的な拡がりの可能性を秘めており、学会や、種々のライセンシング取得支援にも活用を拡大し、臨床―教育―研究三位一体のインフラ構築に取り組みたい。
九州大学准教授 沖 英次氏 (手術室側)
使用してのコメント
少し前と違い、今の若手医師は技術習得のために、達人と呼ばれる外部の医師の手術映像の録画を繰り返し見ることが普通の時代になってきた。同じ大学内で先輩の技術をコピーするだけでは世代を超えた進歩がなく、患者へのメリットを最大化できない。 より多くの外科医の技術を学べば技術は飛躍的に向上すると思う。 特に女性は、結婚・出産などで国内を含めた留学の機会を逃してしまう。
遠隔での指導が国内外をつなぐ身近なシステムとなることで女性医師のキャリアアップのサポートにつながるだろう。 また若手医師のリクルートの難しい地方で、地域医療を担う病院への人材雇用にも活用できるだろう。
遠隔からの術野への自由度の高い書き込みと解説で、指導する側の自分にも勉強になると感じた。どうやって指導したらいいのか、どう表現すればよいだろうと悩むときもあるが、遠隔での指導は執刀医のみならず、現場で立ち会っている助手、内視鏡カメラの方向なども全体を俯瞰しながら指導することができる。まったく新しい指導法として有用性を感じた。
日本の外科医の技術は間違いなくレベルが高い。海外へ遠隔指導を行うことで、日本の医師の技術を海外に売り込む機会にもなると思う。
執刀医・助教 安藤幸滋氏 (手術室側)
使用してのコメント
外科医は患者さんにメスを入れることで治療をする責任の重い仕事だ。Do Not Harmをモットーに、患者さんを傷つけないよう日々技術向上に努めている。学会やネット上で得られる多くの手術映像を繰り返し視聴し勉強しているが、それに比較しこのシステムは双方向にリアルタイムで指導を受けられ、技術向上のスピードアップに飛躍的な効果があると思う。
一定のキャリアを経た医師でも、漫然と手術するようになってしまうことがある。手術中の細やかな指導で曖昧にしがちだった点を指摘してもらえることはメリット。若手だけでなく中堅医師にも有用だ。